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名古屋地方裁判所 平成6年(ヨ)343号 決定

債権者

岡林良作

右代理人弁護士

竹内平

安藤巌

債務者

有限会社日光陸運

右代表者代表取締役

本間保彦

右代理人弁護士

江尻泰介

主文

一  債権者が債務者に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  債務者は債権者に対し、平成六年三月以降本案判決の言渡しに至るまで毎月五日限り金二七万一一三〇円を仮に支払え。

三  債権者のその余の申立てを却下する。

理由

第一申立ての趣旨

主文一項と同旨並びに債務者は債権者に対し、平成六年二月以降本案判決確定に至るまで毎月五日限り金四四万二四五〇円を仮に支払え。

第二事案の概要

本件は、債務者から解雇の意思表示を受けた債権者が、右解雇は解雇権を濫用したものであるから無効であるとして、債権者が債務者の従業員の地位にあることの仮の確認と賃金の仮払いを求めたのに対し、債務者が、右解雇は債権者に懲戒解雇事由等の解雇を相当とする事由が存したことからなされたものであり、有効であるとしてこれを争った事案である。

一  当事者間に争いがない事実等

1  債務者は、一般区域貨物自動車運送事業(限定)等を目的として、昭和四八年三月一〇日に設立され、主にアスファルト、シンナー、重油などを中部五県に運送すること等を業務としている会社である。債務者の従業員は、運転手、修理工、事務員等約四〇名である。

2  債権者は昭和五〇年二月ころ、債務者に大型タンクローリー車の運転手として雇用され、アスファルト等の運送業務等に従事してきたものである。

なお、債権者は、平成五年一一月一三日債務者から解雇の意思表示を受けた(以下「前回解雇」という)が、平成六年一月一九日当裁判所において和解が成立し、原職へ復帰することになった。

3  債務者は債権者に対し、平成六年二月一三日付内容証明郵便によって、同郵便到達の翌日(同月一五日)から三〇日後(同年三月一六日)をもって解雇する旨解雇予告の意思表示をし、同郵便は債権者に到達した(以下「本件解雇」という)。

4  なお、債務者には解雇に関し就業規則が存するところ、債務者は、債権者に次のような懲戒解雇事由が存するとして、予告解雇した(但し、本来なら懲戒解雇すべきところ、直ちに懲戒解雇とせずに予告解雇とした)。

(一) 債権者は、平成六年二月七日債務者構内において、洗車中の玉里秀仁(以下「玉里」という)に対し、言い掛かりをつけたうえ暴行を加えて傷害を与え、また「お前なんか帰れ」などと暴言を吐くなどした(以下「本件暴力事件」という)。

(二) 債権者の右行為は、就業規則五四条(懲戒解雇事由)3号(他人に対し暴行、脅迫を加え、またはその業務を妨げたとき)、又は10号(その他前各号に準ずる程度の不都合な行為があったとき)に該当する。

5  債務者は、債権者が本件解雇により従業員としての地位を失ったものとして、債権者の就労を拒絶している。

二  争点

〈1〉本件解雇(懲戒)事由の存否、〈2〉本件解雇が解雇権を濫用したものか、〈3〉地位保全と賃金仮払いの必要性である。

1 債権者の主張

(一) 債権者の行為は正当防衛行為である。

本件暴力事件において、暴力を加えたのは玉里であり、債権者は同人の執拗な挑発行為と暴行にたまりかね、これを抑制しようとして手を出したところ、同人の右頬に触れた程度の行為しかしていない。

(二) 本件解雇の動機は違法不当である。

債務者は、かねてより債権者の組合員としての活動を嫌悪し、債権者を債務者会社から放逐することを意図して、前回解雇に及び、これが裁判上の和解により解決し債権者は復帰したが、その後も種々の嫌がらせ行為を行ってきていた。そうしたなかで本件暴力事件が発生したことから、債務者は、本来加害者である玉里らの言分を一方的に鵜呑みにしたうえ、これを利用して債権者を社外に放逐しようとしたものであって、本件解雇は権利の濫用として無効である。

(三) 本件解雇は過重な処分である。

仮に、債権者の行為が正当防衛行為と認められないとしても、本件暴力事件の態様と結果、債権者は入社以来暴行事件を起こしたことはないこと、一方、債務者において過去に従業員間の暴行傷害事件があったけれども、関係者が解雇されたことはないことなどからすると、本件解雇は著しく過重な処分というべきであり、権利の濫用として無効である。

2 債務者の主張

(一) 本件暴力事件は、債権者が、前記のとおり作業中の玉里に対し言い掛かりをつけたうえ、一方的に玉里に対し暴行傷害を加えたものであって、債権者が玉里から暴行傷害を受けたというのは全て虚言である。そして債権者の右暴力行為が前記懲戒解雇事由に該当するものであることは明らかである。

(二) 債務者は前回和解の趣旨に従った行動をしてきており、債権者の組合員としての活動等を嫌悪し、嫌がらせ行為をしたこともない。例えば下車勤務にしても、債権者を運転業務に就かせることに安全上不安があったためしたことである。債務者は債権者を会社から放逐する意図のもとに敢えて本件暴力事件を取り上げ、債務者を本件解雇処分にしたものではない。

(三) 債務者は、従業員間の暴力事件に対しては、これまでにも厳正に対処してきており、事実昭和五八年一二月の忘年会のおり、他の従業員に暴行を加えた従業員を解雇したことがある。

第三争点に対する判断

一  争点〈1〉について

1  (証拠・人証略)によれば次の事実が一応認められる。

(一) 本件暴力事件の発生

債権者は、平成六年二月七日午後一二時三〇分ころ、債務者構内において洗車中の玉里を認め、同人の傍らに行って、「あっちこっちで色々言ってくれとるらしいなー」と難詰したことから、玉里が「俺に喧嘩を売るのか」などと反発し、互いに大声で罵るなどしているうち、玉里が洗車用のゴム手袋で債権者の顔面を払った。そのため興奮した債権者が玉里の顔面を手拳で殴り、両者は喧嘩となった。その間玉里が付近にあった鉄製アングル材の小片を取り上げて、「これで殴ってみろ」などといって債権者の大腿部付近を叩くようにしたこともあった。喧嘩に気付いた債務者従業員の伊藤幸夫、同矢野浩が喧嘩を止めに入った。右喧嘩により、玉里は加療七日間を要する顔面打撲の傷害を、債権者は右大腿部打撲の傷害(但し、要加療期間不明)をそれぞれ受けた。玉里は、右傷害の治療を受けるため従事していた仕事を打ち切り、その日は休養を取ることになった。

(二) 本件暴力事件の態様

債権者は、本件暴力事件において、債権者は玉里から執拗な暴行、挑発を受けたが、防御的態度に終始していた旨主張し、債権者の陳述書の供述記載及び本人の供述中にはこれに沿う部分があるけれども、(証拠・人証略)に照らして採用し難い。却って、これら疎明によれば、本件暴力事件の発端は債権者の言動にあったこと、互いに大声で罵り合うことはあったにしても、前認定の暴行のほかに有形力の行使としていずれの側からも、さほど顕著あるいは執拗な暴行があった事実は認められないこと、また、玉里の鉄製アングル材の小片による暴行も、挑発的な意味合いの濃いものであって、強力な打撃を加えようとしたものでなかったこと、玉里の受けた傷害の程度は前記のとおりであるが、債権者の受けた傷害の程度も、本件暴力事件の二、三時間後に債権者も加わって行われた組合から債務者に対する団交の申し入れの際にも、何ら話題となっていないことなどからすると、さほど重大なものではなかったことが一応認められる。

2  懲戒解雇事由該当性

右認定事実によれば、本件暴力事件における債権者の行為は、債務者の就業規則五四条(懲戒解雇事由)3号(他人に対し暴行、脅迫を加え、またはその業務を妨げたとき)に一応該当するといわざるを得ない。

二  争点〈2〉について

1  前掲疎明資料等によれば、次の事実が一応認められる。

債務者は、債権者が平成五年八月ころから労働条件の改善などについて種々発言するようになったことから、債権者が全日本運輸一般労働組合等の組合に加入しているのではないかと注目するようになった。前回解雇の際に、債権者が同組合支部の支援を受けて解雇撤回の裁判をしていた状況などから、債務者は債権者が組合員であると認識するに至ったが、平成六年二月七日の同組合支部からの団交の申し入れに対しては、債権者が同組合の組合員であることを明確にするよう債権者に執拗に求めるなどした。前回解雇は、債権者の言分をほぼ全面的に認める形で和解により解決し、債権者は平成六年一月二〇日から原職に復帰し、運転業務に従事することになった。しかし、職場の雰囲気は従来にもまして債権者に孤立感を覚えさせるようなものであり、債権者が乗務貨物自動車のハンドルの調整不良を疑って整備を依頼しても、債務者から納得のいく説明等のないまま不良箇所はないと一蹴されるなど不満の残るものであった。こうして一週間ほど経過した同年二月一日ころ、債権者が運行途上から債務者に対し、無線で運行先について債務者に確認を求めたところ、債務者は、出発時に既に確認済みの事項について再度このような確認をするのは異常な行為であるとして、債権者の欝状態が再発したのではないかと疑い、翌日から債権者を下車勤務とした。なお、その間債権者が実際に乗車勤務したのは三日間のみであった。

ところで、下車勤務は、乗車勤務に比較して、運転手に対し給与面その他で事実上かなりの不利益を与えるものであるから、運転手として雇用されている者に対し下車勤務を命ずるには相当の理由が必要と解されるところ、債務者の認識した右債権者の言動と欝状態再発の疑いだけでは、未だ直ちに下車勤務を命ずるには不十分といわざるを得ないところである。

2  右認定事実に審尋の全趣旨を総合すれば、債務者が債権者の組合活動を嫌悪し、そのため債権者を債務者から放逐しようとして本件解雇をしたとまでは認められないけれども、債務者は、債権者の要望あるいは言動等に対し、他の従業員に対するのと違って殊更厳格に対処してきた傾きのあることを一応認めることができる。

三  争点〈3〉について

1  前掲疎明資料等によれば、債権者は、入社以来二〇年弱の間、債務者の前身をも含めると二〇数年間、債務者の従業員として真面目に勤務してきたものであり、その間他の従業員に傷害を与えるような事件を起こしたことはなく、もとより懲戒処分を受けたこともないこと、昭和五八年一二月ころ、債務者の従業員三名が共同して他の従業員一名に対し暴行傷害を与える事件の発生したことがあり、このときは、二名の者は被害者と和解ができたため、債務者からの処分はなく済んだが、和解のできなかった一名は予告解雇されたことがあったこと、その後債務者において、従業員間の暴力事件が問題とされた事例はないことが一応認められる。

もっとも、解雇された一名が被害者と和解できなかった事情、同人のそれまでの勤務成績等の情状がどのようなものであったか等の解雇に至る経緯の詳細は明らかでない。したがって同事件と本件暴力事件の情状等を比較することは困難であり、同事件についての処分結果を基準に本件(懲戒)解雇処分の軽重を論ずるのは相当ではない。

2  ところで、予告解雇といえども、賃金を唯一の生活の糧とする労働者の生活手段を奪う結果となるものであるから、解雇するについては合理的理由がなければならないことはいうまでもなく、予告解雇が労働者に懲戒解雇事由があることによる場合は、さらに懲戒解雇を相当とする事由も存しなければならないと解される。したがって、懲戒解雇すべきところを予告解雇することが許されないわけではないが、そのような予告解雇をするについては懲戒解雇を相当とする事由がなければならず、そのような事由がないのになされた予告解雇は解雇権を濫用するものであって無効というべきである。

これを本件解雇についてみるに、本件暴力事件における債権者の行為が債務者の懲戒解雇事由に該当することは前叙のとおりであるけれども、前認定のとおり、本件暴力事件の態様も執拗悪質とまではいえないものであり、結果も比較的軽微にとどまったこと、債権者が本件暴力事件に及んだことについては、前回解雇和解成立以後の職場の雰囲気が債権者の不満感を欝積させるようなものであり、これが本件暴力事件発生の一つの契機となったことが窺えること、債権者の長年にわたる勤務態度は概ね良好で、処分歴もないこと、一方、前回解雇以降、とりわけ前回解雇が当裁判所の和解により解決し、債権者が職場に復帰して以降の債務者の債権者に対する応接態度は、必ずしも和解の趣旨を十分に生かしたものといえないものであったこと、そして懲戒解雇処分の重大性等を総合勘案すると、本件(懲戒)解雇は債権者の非違行為に比して過酷な処分といわざるを得ず、権利の濫用として無効というべきである。

3  以上によれば、債権者は、従前どおり債務者の従業員として、平成六年三月以降も毎月五日限り、少なくともこれまでの平均賃金に相当する給与の支払いを受け得る地位にあるものと一応認めることができる。

四  争点〈4〉(保全の必要性)について

債権者は、債務者からの賃金を唯一の収入とし、これを基礎に生活設計を立て生活してきているものであること、差し当たり他からの収入も見込めない状況にあることが一応認められ、これら事情に本件に現れた諸般の事情を総合すると、債権者に対し、その地位の保全と本件解雇当時の月額平均賃金と一応認められる月額四五万一八八二円(計算は別紙のとおり。なお、平均賃金の算出に当たって、前回解雇以降の月分は算定の基礎に入れていない。けだし債権者の賃金には歩合給的要素の存するところ、前回解雇以降は前叙のとおりの紛争の実態があり、こうした中で支払われた賃金額を本来支払われるべき平均賃金額の算定の基礎に入れることは相当でないと解されるからである。もっとも、賞与、通勤手当は算入すべきではないと解されるのでこれを除いてある。)の六〇パーセントに相当する二七万一一三〇円につき仮払いの必要性を認めるのが相当である。

(裁判官 福田晧一)

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